百人一首と易経

文学

話は長くなるが(ここでは省くが)、和歌の雅な情感と易経の演繹的世界観とを結びつけることで、実用的な展開につなげたいというアイデアがある。その第一ステップの、そのまたたたき台として、下記リンク先を作成。(これもAIにより瞬時に可能になった。)

https://evryaliherma.com/onehundredpoets/

【例】百人一首第95番、前大僧正慈円による、「おほけなくうき世の民におほふかな わがたつ杣に墨染の袖」の解釈

本卦:地風升(今の状況)

升=地中の木が、地道に伸び上がる。
歌の「おほけなく(身に過ぎた)」「うき世の民におほふ(民を覆う=庇護・責任)」は、まさに升の核心です。

状況解釈

  • 自分の器を超えるような役割(”民を覆う”)を引き受けざるを得ない。
  • ただし、手段は急進ではなく、段(だん)を刻むような漸進が求められる。
  • 「墨染の袖」=僧の身分・戒めが、上昇(責務)に正統性と制約を与える。

対応の骨格(升の勝ち筋)

  1. 一足飛びの救済を狙わず、小さな秩序・安心を積み上げる
  2. 「覆う」は支配ではなく庇護として行う(民の呼吸を奪わない)
  3. 自分が前に出るより、土台(制度・共同体・作法)を整える

互卦:雷沢帰妹(内側の構造・駆動系)

升の互卦は「帰妹」になりやすく、これは内側に “順序・正統・役割のズレ” を孕みます。
歌の「おほけなく」は、まさにこのズレへの自覚です。

内側で起きていること

  • 「僧としての袖」で公(おおやけ)の責を担うことへの違和感
    ─ 役割がねじれている/まだ整っていないのに前へ進む感覚。
  • 誰のため、何の名目で、どこまで関与してよいかが揺れる。

アドバイス(互卦の整備)

  • 自分の”善意”ではなく、役割・権限・責任の境界を先に定義する
    • 何を守る(最低限)/何は手を出さない(越境しない)
  • 協力者(同僚・朝廷・門流・地方)との役割分担を明確にする
  • 「民を覆う」を、自分の腕力でなく 仕組み(祈り・施し・調停・学問) に落とす

帰妹は、勢いで”縁を結ぶ”と歪みが残ります。だからこそ升の上昇は、関係と手順を整えてからが強い。


錯卦:天雷无妄(反転した価値基準=影・反証・仮想競合)

错は「価値基準の反転」なので、ここでは 无妄=作為を捨て、筋を通す が”影の審査役”になります。

影(破綻の理由)

  • 「民のため」の名目で、実は自己正当化権威化が混ざると、すぐ崩れる
  • 小細工・策・人気取りが入るほど、墨染の袖が”重し”ではなく”矛盾”になる

仮想競合(真逆のアプローチ)

  • 「救うなら、余計な物語を足すな。正しく、淡々と、自然に。」
    という立場が、あなた(語り手)の内外から突きつけられる。

アドバイス(错の使い方)

  • 何かを決める前に必ずこの問いを通す:
    「それは筋が通っているか。作為で飾っていないか。」
  • “覆う”行為を、支配や演出から遠ざけ、透明で説明可能にする
  • 「できることしか言わない」「できたことしか誇らない」
    ─ 无妄はこれで守れます。

綜卦:沢地萃(視点反転=相手から見た関係像)

綜を「民(顧客)側から見た関係」と置くと、升の綜卦は 萃=集まる/結集 です。

民から見える姿

  • 民は「慈円が上がっていく」より、
    “人と心と資源を集め、まとめてくれる存在”を求める。
  • つまり民は、あなたの”徳”よりも、
    合意・救済・分配・調停が機能する場を欲している。

アドバイス(綜=萃の要求に応える)

  • 前に立つより、集める器(場)を作る
    • 争いを収める場/施しが届く導線/声を拾う仕組み
  • “一人の袖で覆う”から、多くの袖が同じ方向に動く形へ
    • 共同体・僧団・制度の力に変換する

この歌への「動的」まとめ:どう動けばよいか

この一首は、卦で言えばこう動きます。

升(責務が上がる)
→ 互(帰妹:役割のねじれを整える)
→ 错(无妄:作為を抜き、筋を通す)
→ 綜(萃:民から見える”結集の器”になる)

最後に、歌の語気「おほけなく」を活かす実践的な指針を3つに絞るなら:

  1. 謙遜は捨てず、しかし退かない(升の上昇を止めない)
  2. 境界を定め、越えない(互卦のズレを整える)
  3. 作為を抜き、場を作る(错で浄化し、綜の萃で結集させる)