Hyakunin Isshu and I Ching Hexagrams
天智天皇
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ
水山蹇(すいざんけん)
「露にぬれつつ」という水難と、秋の寂しさ、農作業の苦労(足悩み)が、険しい山の上に水がある蹇(悩み、進めない)の象と重なる。
持統天皇
春すぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山
乾為天(けんいてん)
「天の香具山」という壮大な天のイメージと、真っ白な衣が干されている清々しく力強い光景が、純陽の乾(天)を象徴する。
柿本人麻呂
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む
山地剥(さんちはく)
「ひとりかも寝む」という孤独と、長い夜が尽きるのを待つ心細さが、陰気が迫り陽気が剥がれ落ちようとする剥の寂しさに通じる。
山部赤人
田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ
山天大畜(さんてんたいちく)
富士山という巨大な「山」が「天」にそびえ立ち、雪(エネルギー)を蓄えている姿は、大いなる蓄積を表す大畜そのものである。
猿丸大夫
奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ秋は悲しき
沢山咸(たくざんかん)
鹿の声に心を動かされる(感じる)情景。山の中の沢(湿り気、情緒)と、感応する心が、咸(感じる)の卦にふさわしい。
中納言家持
かささぎの渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞふけにける
天水訟(てんすいしょう)
七夕の伝説(天)と、冷たい霜(水気)の対比。夜が更けていく緊張感と隔たりが、天と水が背き合う訟(訴え、争い、不和)の冷たさを連想させる。
阿倍仲麻呂
天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
地山謙(ちざんけん)
異国の地から故郷の山(地にある山)を思う謙虚で切実な望郷の念。月を見上げる静かな心境が、内面に充実を持つ謙の徳に通じる。
喜撰法師
わが庵は都のたつみしかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり
地雷復(ちらいふく)
世を憂いて山に隠れ住むも、そこには新たな生活(一陽来復)がある。冬の時代を経て春を待つような、隠遁と再生の萌芽。
小野小町
花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに
沢風大過(たくふうたいか)
盛りが過ぎてしまった花と我が身。重荷を背負い、棟木がたわむような危うさと、過ぎ去った時間への重い悔恨が大過を表す。
蝉丸
これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関
天地否(てんちひ)
多くの人が行き交うが、それは「別れ」の連続であり、交わらない(否塞)。関所という閉ざされた場所と、流転する人々の断絶。
参議篁
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよあまの釣舟
風地観(ふうちかん)
大海原(地)の上を風のように進む舟。遠くへ流される我が身を、高い視点から見守ってほしいという願いが、観(仰ぎ見る)に通じる。
僧正遍昭
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ
風天小畜(ふうてんしょうちく)
風が天の雲を留めるように、乙女を少しの間だけでも引き留めたい(小しく止める)という切ない願い。
陽成院
筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる
水沢節(すいたくせつ)
川の水が沢に注ぎ込み、淵となる。溢れ出しそうな恋心を「節度」を持って溜め込んでいる状態、あるいはその限界。
河原左大臣
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにしわれならなくに
火水未済(かすいびせい)
乱れる心。火と水が交わらず、秩序が完成しない未済の状態。恋の成就に至らない、混沌とした心の乱れ。
光孝天皇
君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ
水雷屯(すいらいちゅん)
春の初めの若菜(雷=生気)と、冷たい雪(水=困難)。新しい命が生まれようとする時の産みの苦しみと、相手を思う純粋な献身。
中納言行平
立ち別れ因幡の山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む
雷地予(らいちよ)
「待つ」と聞けばすぐに帰ってくるという、あらかじめ準備された喜びと期待。春の雷が地上に鳴り響くような、再会への予感。
在原業平朝臣
ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
火風鼎(かふうてい)
紅葉の赤(火)と川(水・風の運び)。変革と美の極致。鼎(かなえ)で煮炊きして新しい価値を生み出すような、鮮烈な変化と美しさ。
藤原敏行朝臣
住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ
坎為水(かんいすい)
寄る波、夜、夢。次々と押し寄せる水(困難・不安)の重なり。恋の苦しみと、暗闇の中で迷う心の深淵。
伊勢
難波潟みじかき芦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
沢火革(たくかかく)
短い芦の節(時間)さえも逢えない。状況を変えたい(革めたい)という激しい焦燥感と、燃えるような恨みの火。
元良親王
わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ
沢水困(たくすいこん)
「みをつくしても(身を尽くしても/澪標)」。水が枯れた沢のように困窮した状況だが、それでも命を賭して逢いたいという極限状態。
素性法師
今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな
山火賁(さんかひ)
美しい月(火・明)を山端で待つ。待つこと自体を美化しているような、あるいは虚飾(来ない人を待つ)の哀愁。
文屋康秀
吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ
風山漸(ふうざんぜん)
山に吹く風。草木がしおれる変化。本来は徐々に進む「漸」だが、ここでは「嵐(荒い)」という文字遊びの中に、自然の推移を見る。
大江千里
月見れば千々にものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど
地沢臨(ちたくりん)
月(陽)が地上の沢(陰・民衆の心)を照らす。秋の悲しみが世界に満ち、それに臨む(向き合う)心の広がりと深さ。
菅家
このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
地天泰(ちてんたい)
神への手向け(地)と、美しい紅葉(天の恵み)。心が通じ合い、安泰であること。神の御心のままにという委ねる心。
三条右大臣
名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
天山遯(てんざんとん)
「人に知られで」。隠れて逢いたいという願い。世俗から逃れ(遯)、密かに行動する隠遁の卦。
貞信公
小倉山峰の紅葉葉心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ
山天大畜(さんてんたいちく)
行幸(天皇=天)を山で待つ(止める)。紅葉よ、その美しさを蓄えて待っていてくれという、大いなる留保。
中納言兼輔
みかの原わきて流るる泉川 いつ見きとてか恋しかるらむ
水風井(すいふうせい)
湧き出る泉(井戸)。尽きることのない恋心。汲んでも汲んでも尽きない井戸の水のように、理由なく湧き上がる想い。
源宗于朝臣
山里は冬ぞさびしさまさりける 人目も草もかれぬと思へば
地雷復(ちらいふく)
冬の山里、枯れ果てた景色。陰が極まっているが、そこには静寂という「一陽」が潜んでいる。孤独の中の回帰。
凡河内躬恒
心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花
天沢履(てんたくり)
霜と白菊を見分ける難しさ。虎の尾を履むような慎重さが必要。あてずっぽう(心あて)に行動することの危うさと美しさ。
壬生忠岑
有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
火沢睽(かたくけい)
つれない月(火)と、別れていく二人(背く)。互いに背き合う睽(けい)の卦。心のすれ違いと別離の悲しみ。
坂上是則
朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪
離為火(りいか)
月光と雪の輝き。二つの明かり(離)が重なり合い、世界を美しく照らし出している。知性と美の極致。
春道列樹
山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり
風水渙(ふうすいかん)
風が吹き、水が流れる。紅葉が散り(渙散)、しかしそれが「しがらみ」となって留まる。散ることと集まることの妙。
紀友則
ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ
雷天大壮(らいてんたいそう)
春の陽気(天)と、勢いよく散る花(雷の動)。陽気が盛んすぎて、静止していられない大壮の勢い。
藤原興風
誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに
天風姤(てんぷうこう)
古い友がいない。予期せぬ出会い(姤)を求めるが、松は物言わぬ。孤独の中で、偶然の巡り合わせを待つ心境。
紀貫之
人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける
地風升(ちふうしょう)
人の心は分からないが、花は変わらず咲く。地中から木が生長するように、変わらぬ自然の営みと、そこにある確かな上昇(升)。
清原深養父
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ
地火明夷(ちかめいい)
月(明)が雲(地)に隠れてしまう。明るさが傷つく、あるいは隠れる明夷の象。短すぎる夜への惜別。
文屋朝康
白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける
風地観(ふうちかん)
風が吹き、露が散る様をじっと観察している。自然の美しさと儚さを観照する心。
右近
忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな
沢雷随(たくらいずい)
相手に従う(随う)ばかりだった過去。しかし今は裏切られ、相手への罰(雷)を恐れる。愛憎入り混じる追随の果て。
参議等
浅茅生の小野の篠原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき
雷風恒(らいふうこう)
忍んでも忍んでも溢れる想い。変わらない心、恒久の愛。風が雷を呼び起こすように、内なる情熱が止まらない。
平兼盛
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで
火地晋(かちしん)
隠していたものが、日の出のように表に現れる(晋)。恋心が隠しきれず、周囲に明らかになってしまう進展。
壬生忠見
恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか
風地観(ふうちかん)
噂が風のように広まる。人に見られている(観)。秘密が露見し、世間の目に晒される戸惑い。
清原元輔
契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは
水地比(すいちひ)
固い約束、親密さ(比)。水と地が親しむように、互いに信頼し合っていたはずの絆への言及。
権中納言敦忠
逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり
雷火豊(らいかほう)
逢った後の燃え上がるような想い。雷と火が合わさり、感情が豊大になった状態。以前とは比べ物にならない激しさ。
中納言朝忠
逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし
天水訟(てんすいしょう)
逢わなければよかったという逆説的な恨み。心の中での葛藤、自分と相手への訴え(訟)。
謙徳公
あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな
沢水困(たくすいこん)
誰も同情してくれない孤独。水が枯れ果てるように、身も心も衰弱していく困窮の極み。
曽禰好忠
由良の門を渡る舟人かじを絶え ゆくへも知らぬ恋の道かな
水風井(すいふうせい)
舵を失った舟。水の上で漂う。井戸の底のように深く、出口の見えない状況だが、そこに留まるしかない。
恵慶法師
八重むぐら茂れる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり
山地剥(さんちはく)
荒れ果てた家、人の気配がない。陽気が剥ぎ取られた寂しさ。しかし、季節(秋)だけは確実に巡ってくる自然の理。
源重之
風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふころかな
水山蹇(すいざんけん)
岩(山)にぶつかる波(水)。進もうとしても阻まれ、自分が砕け散る。行き悩み、苦しむ蹇の象。
大中臣能宣朝臣
御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ
火水未済(かすいびせい)
燃えたり消えたりする火。定まらない心。完成しない恋。不安定な状態で物思いにふける未済の時。
藤原義孝
君がため惜しからざりし命さえ 長くもがなと思ひけるかな
火風鼎(かふうてい)
命を惜しむという価値観の変革。愛によって新しい自分に生まれ変わる(鼎で煮炊きされ、新しくなる)。
藤原実方朝臣
かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
火地晋(かちしん)
燃える思い。地の上に火(太陽)が出るように、情熱を相手に知ってほしいという強い願望。
藤原道信朝臣
明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな
地火明夷(ちかめいい)
夜(明)が終わることを嘆く。太陽が地中に沈む(ここでは朝が来て夜の逢瀬が終わる)ことへの悲しみ。
右大将道綱母
嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る
山水蒙(さんすいもう)
先が見えない暗闇(蒙)。孤独な夜の長さ、出口のない苦しみ。霧の中で立ち尽くすような心細さ。
儀同三司母
忘れじの行末まではかたければ 今日を限りの命ともがな
沢雷随(たくらいずい)
今の幸せな瞬間に留まりたい。未来の変化(変心)を恐れ、時に随うことへの不安と、刹那的な願い。
大納言公任
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
雷地予(らいちよ)
名声が鳴り響く。雷が地上で轟くように、実体(水)がなくなっても、その評判(音)は予(あらかじ)め広まり、残り続ける。
和泉式部
あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな
沢風大過(たくふうたいか)
死を前にした切実な願い。常軌を逸した(大過)ほどの強い執着と、最期の瞬間に賭ける重い想い。
紫式部
めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月かな
山水蒙(さんすいもう)
はっきりと分からない(蒙昧)。月が雲に隠れるように、真実が見えないまま過ぎ去ってしまった儚い再会。
大弐三位
有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
風地観(ふうちかん)
風が吹く笹原。その音に託して「忘れていません」と伝える。風が地上を渡るように、想いを届ける。
赤染衛門
やすらはで寝なましものをさ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな
山天大畜(さんてんたいちく)
待ち続けた時間。空しく月が沈むまで、想いを留め置いた(大畜)。行動せず、ただ待つことの重み。
小式部内侍
大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立
天山遯(てんざんとん)
遠く離れている。母のいる場所へは行けない(逃げられない、あるいは距離がある)。物理的な距離と、心理的な自立。
伊勢大輔
いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな
地天泰(ちてんたい)
古都と現在の都の繁栄。桜が咲き誇る平和で華やかな情景。天地が交わり、万物が栄える泰平の世。
清少納言
夜をこめて鳥のそらねははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ
水山蹇(すいざんけん)
関所は通さない。嘘(空音)を使っても、険しい山(関)と水(夜)に阻まれる。進むことができない障害。
左京大夫道雅
今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで言ふよしもがな
天水訟(てんすいしょう)
直接言いたいのに言えない。阻隔がある。訴えたい(訟)けれど、それが叶わないもどかしさと対立。
権中納言定頼
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
水風井(すいふうせい)
川霧(水気)と網代木(構造物)。霧が晴れて景色が見えてくる。井戸の水が澄んでいくように、真実が明らかになる静かな朝。
相模
恨みわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
沢水困(たくすいこん)
涙で袖が乾かない(水難)。恋に悩み苦しみ、名誉まで失いそうな困窮の極み。
大僧正行尊
もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし
比(すいちひ)
山桜との共感。孤独な中で、自然(桜)と親しむ(比)。人と人との交わりではなく、自然との精神的な合一。
周防内侍
春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ
天風姤(てんぷうこう)
一夜の戯れ(姤=予期せぬ出会い、女性優位)。軽い誘いに乗ることで生じる評判の失墜を警戒する。
三条院
心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな
地山謙(ちざんけん)
不本意な退位と隠遁。山のように動かず、地のようにへりくだる心境。月を眺める静かな諦観。
能因法師
嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり
火風鼎(かふうてい)
嵐(風)と紅葉(火のイメージ)。川面が錦のように変わる変革の美。自然が織りなす芸術的な変化。
良暹法師
寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ
地雷復(ちらいふく)
どこへ行っても同じ寂しさ。心の奥底に戻る(復)。孤独を見つめ直し、自己の内面へと回帰する秋。
大納言経信
夕されば門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く
風地観(ふうちかん)
秋風が吹く音。田園風景(地)を風が渡る。自然の音に耳を澄ませ、季節の移ろいを感じ取る観の心。
祐子内親王家紀伊
音にきく高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ
水雷屯(すいらいちゅん)
あだ波(予期せぬ難)。袖が濡れる(被害)。軽率な行動を慎み、困難(屯)を避ける賢明さ。
権中納言匡房
高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞立たずもあらなむ
山火賁(さんかひ)
山の上の桜(美・火)。霞がそれを隠さないでほしいという願い。美しさを飾る(賁)ことへの執着と、それを愛でる心。
源俊頼朝臣
憂かりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを
風山漸(ふうざんぜん)
山おろし(風)。祈りが激しすぎる結果を招いた。本来は順序良く進む(漸)べき恋が、急激な風によって乱された嘆き。
藤原基俊
契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
水沢節(すいたくせつ)
約束(露=儚い水)を頼りに生きる。しかし時は過ぎる(節=区切り)。限界を感じながらも、節度を守って待ち続ける苦しさ。
法性寺入道前関白太政大臣
わたの原漕ぎ出でて見れば久方の 雲居にまがふ沖つ白波
天沢履(てんたくり)
海(沢)と空(天)の境界が曖昧になる広大な景色。白波を踏み越えていくような、壮大で少し危険な旅路。
崇徳院
瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
水風井(すいふうせい)
水が岩に分かたれるが、また一つになる。井戸の水が循環するように、運命的な再会と結合を信じる不変の真理。
源兼昌
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守
雷山小過(らいざんしょうか)
千鳥の鳴き声(小さな過ち、悲鳴)。孤独な関守。少しの音でも過敏に反応してしまう、寂しさと警戒心。
左京大夫顕輔
秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ
風天小畜(ふうてんしょうちく)
風が雲を払い、月(天の光)が見える。少しの障害(雲)があるが、それを超えて光が届く希望。
待賢門院堀河
長からむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ
火水未済(かすいびせい)
乱れた黒髪。心も乱れる。関係が定まらず、未来が見えない未完成な状態での不安と物思い。
後徳大寺左大臣
ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる
雷地予(らいちよ)
ホトトギス(雷=音)が過ぎ去り、月が残る。予期せぬ瞬間の感動と、その余韻を楽しむ心。
道因法師
思ひわびさても命はあるものを 憂きにたへぬは涙なりけり
沢水困(たくすいこん)
命はあるが、涙(水)が止まらない。悲しみの淵に沈み、逃げ場のない心の困窮。
皇太后宮大夫俊成
世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
山水蒙(さんすいもう)
逃げ場がない(道がない)。山の奥(蒙昧な場所)に行っても悲しみはある。迷いの中から抜け出せない苦悩。
藤原清輔朝臣
ながらへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき
天雷無妄(てんらいむぼう)
自然の成り行き(無妄)に任せて生きれば、辛い過去も懐かしくなる。作為を捨てて、時の流れを受け入れる境地。
俊恵法師
夜もすがらもの思ふころは明けやらで 閨のひまさへつれなかりけり
山天大畜(さんてんたいちく)
夜が明けない(光が止まっている)。隙間さえもつれない。時間が凝縮し、想いが鬱積していく閉塞感。
西行法師
嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな
沢山咸(たくざんかん)
月に感応して涙が出る。自然(月)と心(涙)の交感。すべてを月のせいにしてしまうほどの感受性。
寂蓮法師
村雨の露もまだひぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ
水山蹇(すいざんけん)
雨、露、霧(水気)が山を覆う。視界が悪く、寂寥感が漂う。進むべき道が見えない幽玄な閉塞感。
皇嘉門院別当
難波江の芦のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき
沢風大過(たくふうたいか)
たった一夜のために身を尽くす。バランスを欠いた(大過)ほどの情熱と、それが招く破滅的な献身。
式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
沢火革(たくかかく)
命が絶えてもいい(革新)。現状を打破したいという激しい意志。秘めた恋が爆発しそうな極限状態。
殷富門院大輔
見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず
火水未済(かすいびせい)
血の涙で色が変わるほど濡れる。通常の道理(未済)を超えた悲しみ。秩序が崩壊するほどの激しい感情。
後京極摂政前太政大臣
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む
山地剥(さんちはく)
寒さ、孤独、虫の声。陽気が完全に剥がれ落ちた冬の夜。身を削るような寂しさと冷徹な現実。
二条院讃岐
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし
沢水困(たくすいこん)
水に沈んだ石。誰にも知られず濡れ続ける。逃れられない苦しみと、隠された悲哀。
鎌倉右大臣
世の中は常にもがもな渚こぐ あまの小舟の綱手かなしも
地天泰(ちてんたい)
平和な日常(常にもがもな)。漁師の営み。天下泰平を願う将軍の心と、庶民の生活への温かい眼差し。
参議雅経
み吉野の山の秋風さ夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり
風山漸(ふうざんぜん)
山から吹く風、衣を打つ音。徐々に深まる秋と寒さ。静かに、しかし確実に季節と時間が進んでいく様。
前大僧正慈円
おほけなくうき世の民におほふかな わがたつ杣に墨染の袖
地風升(ちふうしょう)
民を覆う(守る)という志。木が成長して森になるように、仏の教えで世を救おうとする高い志と上昇。
入道前太政大臣
花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり
天風姤(てんぷうこう)
花が散る(嵐)。老いていく自分。予期せぬ老いとの遭遇(姤)。栄華の儚さと、避けられない変化。
権中納言定家
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ
離為火(りいか)
身を焦がす火。燃え続ける情熱。知性(定家)と情熱(火)が融合し、芸術へと昇華される苦しみ。
従二位家隆
風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける
水風井(すいふうせい)
川の水、風、禊(みそぎ)。清めること。井戸の水で身を清めるように、精神を浄化し、涼を求める心。
後鳥羽院
人も惜し人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
天水訟(てんすいしょう)
人を愛し、人を恨む。世の中との対立。治天の君としての葛藤と、ままならない現実への訴え。
順徳院
ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり
山地剥(さんちはく)
荒れ果てた宮殿。過去の栄光を偲ぶ。剥がれ落ちていく王権と、過ぎ去った時代への深い哀惜。